寄稿

【コラム寄稿】適正な賃金の確保に向けて―建設キャリアアップシステムの活用

1.中央建設業審議会・社会資本整備審議会産業分科会建設部会基本問題小委員会の中間とりまとめ

令和5年9月19日に出された中央建設業審議会・社会資本整備審議会産業分科会建設部会基本問題小委員会の中間とりまとめは、「担い手確保の取組を加速し、持続可能な建設業を目指して」と題し、「適切な労務費等の確保や賃金行き渡りの担保」を建設産業の諸課題に対して当面講ずべき措置として挙げています。

 ここでは、「適切な労務費等の確保や賃金行き渡りの担保」については、「建設工事においては、材料費等の削減よりも技能労働者の労務費等の削減の方が容易であることから、技能労働者の処遇はしわ寄せを受けやすく、また、労務費等を適切に確保し処遇改善に積極的な建設企業が競争上不利な状況に置かれやすい。」といった事情が述べられています。
その背景として、「受注産業である建設業において、労務費等の見積りが曖昧なまま工事を受注した場合、受注金額の範囲内で労務費等を決定せざるを得ず、結果としてサプライチェーンの末端では適正な賃金の原資が確保できないおそれがあること、技能労働者の賃金を能力や経験が反映された適正な水準に設定しようとしても、相場感が分からず、賃金適正化の取組が進まないことなどの事情がある」ことが述べられています。

 また、労務費については、「短期的な市況の影響を受けやすく、累次の下請契約等が繰り返されるなかで、適正な工事実施に必要で、かつ、中長期的にも持続可能な水準の労務費が確保されにくい。この結果、現場の技能労働者への行き渡りも徹底されにくい。」といった事情が述べられています。

 中間とりまとめでは、こうした状況に対応していくため、

  1. 適正な工事実施のために計上されるべき標準的な労務費を中長期的にも持続可能な水準で設定し、これを参照して適切な労務費がそれぞれの下請契約等において明確化されるルールを導入することで、下請契約等における労務費の額が市況の影響を受けにくい環境をつくること
  2. 適切な労務費等の確保や賃金行き渡りを阻害し、出血競争による共倒れを招きかねない不当な安値での受注を排していくこと
  3. その他、適切な労務費等の確保や賃金行き渡りを担保する措置を講じていくこと

が必要であるとしています。

ここで、3.については、「賃金の支払実態の「見える化」に関して、公共工事・民間工事を問わず、下請も含めた受注者における賃金の支払状況や社会保険加入状況を技能労働者の配置、施工体制等と併せて確認するための方策についても検討すべき」ことが挙げられ、そのために、実際に適正な賃金が技能労働者に行き渡っているか、社会保険に加入しているかについて、ICT活用等により簡易に確認できる仕組みを検討すべきこと、技能労働者が自身の能力・資格や経験等に応じた賃金の支払いがなされているかを確認できる仕組みもあわせて検討すべきことが述べられています。

建設業においては、多重下請構造の中、賃金の支払い状況、社会保険加入状況がブラックボックスの中にありましたが、これをICT(Information and Communication Technology)の活用により見える化することにより、適切な水準の賃金の支払い、社会保険の加入を確保していける可能性があります。

中間とりまとめでは、建設キャリアアップシステムのレベル1の年収、レベル2の年収、レベル3の年収、レベル4の年収と、レベル別賃金目安に基づいて企業内で賃金が分配されることで、技能レベルに応じた賃金の支払いがなされることを今後のイメージとして挙げています。

以下、ICTとしての建設キャリアアップシステムを概観したいと思います。


2.建設キャリアアップシステムとは

建設キャリアアップシステム(Construction Career Up System。CCUS)は、一言でいうと、建設技能者の保有資格・社会保険加入状況や現場の就業履歴などを業界横断的に登録・蓄積して見える化し、情報活用をできるようにする仕組みです。

技能者の能力・経験等を見える化することで、技能者の能力・経験等に応じた適正な処遇改善につなげていくこと、技能者を雇用し育成する企業が伸びていける業界環境をつくることを目指し、若い世代が安心して働き続けられる建設業界を目指すものです。

技能者の能力・経験等が見える化されると、技能者の選択に当たり、技能にかかわらずより報酬の安い技能者を選択する状況から施工品質を確保できる技能者を選択する状況に移行していけると考えられます。また、事業者を選択するに当たっても、より施工品質の優れた事業者を選択する状況に移行していけると考えられます。

建設キャリアアップシステムでは、事前登録として、事業者登録、技能者登録を行い、現場登録として、元請、下請、作業員名簿の登録を行い、就業履歴の登録として、現場でカードタッチ等で就業履歴を登録します。これにより、技能者ごとに就業履歴、保有資格、職長・班長としての経験年数が明らかになり、レベル1(見習い)、レベル2(一人前)、レベル3(職長レベル)、レベル4(高度マネジメントレベル)という形で技能者の能力を評価することができ、レベルに対応する処遇・賃金の確保を図ることができます。また、専門工事企業がどのレベルの技能者をどれだけの人数を雇用しているかにより、技能者を雇用する専門工事企業の施工能力の見える化も図れます。

これにより、より能力・経験等が高い技能者に高い賃金が支払われることで、技能者が努力して技能を磨いていくインセンティブとなりますし、継続して経験を得ていくことで高い賃金を得られることから、他の業界との比較で考えた場合でも、建設業界に入り、建設技能者を目指す者が増えることが想定されます。また、企業にとっても、技能者を育成する企業がより受注を増やすことで、技能者を育成する企業が伸びる建設業を目指すことができます。

さらに、技能者の社会保険の加入、資格保有の状況の把握、建退共の電子申請や安全書類とのデータ連携も図ることができ、現場管理、建退共事務の効率化を図ることができます。


3.建設キャリアアップシステムの利用状況

令和5年10月3日開催の中央建設業審議会の配布資料では、建設キャリアアップシステムの利用状況は、図1のとおり、技能者の登録数126.2万人、事業者の登録数23.7万社となっており、年々増えています。


図1.建設キャリアアップシステムの利用状況(2023年8月末)

出典:国土交通省「建設キャリアアップシステムの利用状況(2023年8月末)」

また、同配付資料では、図2のとおり、建設キャリアアップシステムの能力評価に応じた賃金の実態を踏まえ、公共工事設計労務単価が賃金として行き渡った場合に考えられるレベル別年収を試算、公表し、技能者の経験に応じた処遇と若い世代がキャリアパスの見通しを持てる産業を目指すとしています。

図2.建設キャリアアップシステムレベル別年収の概要

出典:国土交通省「建設キャリアアップシステム(CCUS)におけるレベル別年収の公表」


さらに、令和5年10月3日開催の中央建設業審議会の配布資料では、民間企業でも、図3のとおり、元請50社超にて、技能者のレベルに応じて手当てに反映する取組が行われていることが示されています。

図3.建設キャリアアップシステムの能力評価等を反映した手当支給

出典:国土交通省「CCUSの能力評価等を反映した手当支給」

4.今後の見通し

 令和2年3月に国交省でまとめられた国土交通省近畿地方整備局ウェブサイトの「建設キャリアアップシステム普及・活用に向けた官民施策パッケージ」では、図6のとおり、国直轄発注、地方公共団体発注のみならず、民間発注においても、あらゆる工事において建設キャリアアップシステムの完全実施が目標とされています。


図6.建設キャリアアップシステム完全実施に向けた道筋

出典:国土交通省「建設キャリアアップシステム普及・活用に向けた官民施策パッケージ」


 現在、国の直轄工事、地方公共団体の工事、独立行政法人の工事において建設キャリアアップシステムを利用したモデル工事の導入が広がってきております。

 今後は、民間の工事においても建設キャリアアップシステムを利用した工事が広がり、普及していくものと考えられます。

 技能者のレベルに応じた賃金支払いの確保の観点からは、4つのレベルに応じた賃金目安だけでなく、下請から元請に提出する見積書において、職長手当等のマネジメントフィーを計上すること、これを元請が尊重することが推奨されています。

 専門工事企業の施工能力の見える化に関しては、建設技能者の人数から施工能力の評価、コンプライアンスの状況の評価を行い、評価機関による認定の後、国交省による評価結果の公表が想定されています。

 これにより技能レベルの高い建設技能者、施工能力の高い専門工事企業が正当に評価される環境が整備され、建設技能者の処遇改善、施工能力の高い専門工事企業が成長し、業界に対する安心感(不適格業者の排除)が醸成されていくことが期待されます。


寄稿者紹介 

富田 裕(とみた ゆう)弁護士

1989年東京大学法学部卒業後、建設省(現・国土交通省)入省。
1996年同大学院建築学専攻修了。一級建築士。
2012年TMI総合法律事務所。
2020年パートナー就任。

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