【京都大学 共同研究】技能労働者の賃金決定要因に関する実態調査
助太刀総合研究所は、京都大学 金多・西野研究室と共同で建設業の技能労働者の賃金決定要因について実態調査を行いましたのでその結果を公開いたします。
調査概要
調査結果(サマリ)
- 工事代金に関して価格交渉が必ずしも賃金・単価決定の要因ではない
- 職種の希少性や技能労働者の技術力、発注者と受注者間の信頼関係の影響が大きそうと言える
調査背景
建設業の就業者数は1996年の685万人をピークに減少を続け2023年には483万人となった一方、建設市場における投資額は2010年を底として東日本大震災の復興需要や民間設備投資の回復により直近は60兆円程度まで増加し、右肩上がりで成長しており、需要の増加に対して労働供給が追いついていません。
こうした人手不足の状況のなか、持続可能な建設業の実現を目指し、国土交通省を中心として行政は2014年から継続して法改正を進めてきました。
品確法、建設業法、入契法を一体とした「担い手三法」の改正背景として、建設投資の急激な減少や受注競争の激化に伴っていわゆるダンピング受注が横行し、それが下請けなどにしわ寄せされた結果、現場の技能労働者の処遇の悪化を招いてきたとされています。
持続可能な建設業の実現のためには担い手の確保が極めて重要な課題として捉えられ、労働者の働き方改革や生産性向上、処遇改善が法改正の要諦の一つとなっています。
他方で、建設業界では技能労働者の賃金決定に際して、暗黙の了解として賃金が決定されている側面があり、どのようなことをすれば賃金を上げることができるのかが明確にされていません。
本調査研究では、技能労働者が請けた案件の単価に着目し、技能労働者の賃金状況の実態を確認することとしました。定量調査ならびにインタビューにより賃金の決定要因を明らかにし、賃金上昇のために必要な要素の手がかりを見つけ、処遇改善の一助となることを目指します。
アンケート調査の結果
アンケート調査のうち、実施前の仮説とギャップが大きくなった要素について中心に報告する。
取引先との価格交渉の有無は価格への影響は少ない
調査実施前は価格交渉することにより単価を上昇させられるのではと考えていたが、調査結果では交渉の有無で有意な差が見られない結果となった。
現場入場の前後で価格交渉を行ったかという質問について、入場前に交渉し入場後は交渉しないケース(図1②)では25,000円以上の受注が多くなっているが、その他に関しては大きな有意差は見られなかった(図1)。
30代は単価案件の高低にかかわらず、全年代で単価が高い
年齢別に過去1年のうちの高い単価、低い単価の受注単価の分布を見たところ、どちらのケースも、20,000円以上といった高単価での受注割合は、30代がもっとも高くなっていた。
また8,000円以下の案件は年代が高くなるにつれ減る傾向はある。一般的には年齢と経験年数は一定の比例関係にあるが年代が高くなるにつれて平均単価が高くなるというわけではない。
資格があれば必ず単価上昇が見込める、というわけではない
資格の有無による単価の差異を見てみると、高い受注案件では20,000円以上の受注割合が高いが低い受注案件では大きな差は見られなかった。(図3)
資格を保有していれば、一部は資格による上昇はあるものの必ずしも単価が上がるというわけではなさそうだ。
請け方は、常用→手間請け→材料持ちの順番で高くなる傾向がある
案件の請け方別に単価を見てみると、高く請けた案件も低く請けた案件も材料持ちが最も高く、常用が最も低いという順番となった。
ただし低く請けた案件では、8,000円以下の単価は材料持ちのほうが比率が高い。(図4)
テキストマイニングによる分析
本調査内で自由記述方式で回答を得た2つの質問の自然言語データについて、テキストマイニングを用いて分析を行った。
収入の上昇要因および阻害要因に関する「Q80.建設業において、収入を上げるために重要だと考えることを教えて下さい。」「Q81.建設業において、収入を上げる阻害要因となっていることを教えて下さい。」という2つの質問への回答をテキストマイニングツールを利用して共起分析を行った。
収入を上げるには「取引先を増やす」「技術の向上」「効率的・丁寧な仕事」が重要
収入を上げるために重要だと考えることについて、ネットワーク図からは、「取引先,増やす」「技術,向上」「工事,効率」「仕事,丁寧」といったワードの結びつきが見られた。
これは取引先を増やすことで案件を選択できるようにすることや、技術の向上による付加価値の上昇また効率的に仕事をし時間あたり生産性を上げること、丁寧な仕事をすることによって顧客の信頼を獲得することがポイントであると考えられる。(図5)
また各単語の結束度(言葉の繋がりの強さを表す)と出現量で見てみると、「今後,行動,配慮,お客さん」といったワードの結束度が大きく高く、また「付加価値,安く,工事,物価」「取引先,目指す,増やす,案件」といったワードの出現量が多く見られた。これらから相手先との対応といったコミュニケーション技術、付加価値の高い技術や高い品質また取引先を増やすことが重要な要素だと考えられているということが分かった。(図6)
収入を上げる阻害要因となることについて、「Q81.建設業において、収入を上げる阻害要因となっていることを教えて下さい。」の自由記述回答を共起分析してみると、前述の上昇要因と比べると分散したものの「技術,ない」の結びつきが強く見られた。
実際の調査回答を見てみると、「技術を活かしきっていない」「スキルアップの努力や道具の投資をしない」「技術が追いついていない」といった回答があり、自身の技術力や希少な製品などへの対応といった仕事のための自己研鑽が重要な要素として捉えられている。また技術が伴っていない人への発注や安く請負う事業者の存在により価格競争が起こることで、単価上昇の阻害要因となっている状況も見られた。(図7)
また年齢別に重要な要素を分析してみると興味深い傾向が見て取れた。
20代では「お客さん,理解,もらう」といったコミュニケーションや信頼関係構築が上位あり、「必要,資格,個人」が下位にきているが、30代では全く逆の傾向となった。
これは20代はまだ経験年数が浅いため顧客との関係が希薄であり交渉できる余地が少なくまずは信頼を積み上げることが重要であると考えているのではと考えられる。30代になると既存顧客がすでにある状態で単価を上昇していくには技術力向上や他領域への展開が必要になってくることがこういった回答の違いにつながったのではないだろうか。(図8)
インタビュー調査の結果
アンケート調査の中から、下記の4名の技能者に対して個別インタビューを行った。
インタビューでは、「価格交渉」「取引先開拓」「他者との価格競争」「技術力の向上」「材料費高騰への対応」についてそれぞれ質問し回答をまとめた。
個別インタビュー結果
価格交渉においては、特殊な工事や技術の希少性があれば値下げ交渉もなく言い値で進められることがわかった。
また独立したてなど顧客との関係性の構築前の場合、価格交渉を行わずまずは依頼された案件をしっかり対応し、信頼を得ることが大事との談があった。
請求単価に余裕をもたせ、費用などが安く済んだ場合は顧客へ返すなど継続的な信頼関係構築を重要視していることが分かる。
また近年の材料費高騰に対しては、大量発注や仕事仲間との協力によるコスト圧縮の努力とともに、発注元への請求単価への織り込みや交渉も行われている。
まとめ
今回の調査結果からは価格交渉の有無が必ずしも賃金決定の大きな要因ではないことが分かりました。個別インタビューでもそれが裏付けられていました。
ポイントとして挙げられるのは、「希少性・技術力」「取引先の開拓」「顧客との信頼関係」かと想定されます。
自社の決めた水準で獲得できているケースは、希少技術で周囲に競合がいないことや高い技術力を背景に、自社から先んじて価格を提示しており、交渉の巧拙よりも、その職種の希少性や技能労働者の技術力が大きな要因であることが伺えます。またそこから派生する発注者と受注者間の信頼関係構築も重要で、受注前や請負中のコミュニケーション能力を高めていくことが肝要です。
ただ同じ顧客から未来永劫受注し続けることも難しく、いつどこで競合他社が現れるかわからない中では、取引先の開拓も重要と言えそうです。
特に独立したての場合には信頼を得るための実績も必要なため、マッチングサービスや自社のホームページなど幅広く開拓経路を持っておくことが重要かと思います。
調査報告書全文
助太刀総研 運営事務局
Sukedachi Research Institute