「建設リーダーズ — 建設業の未来を語る」 日本建設業連合会 中原事務総長インタビュー:前編 〜「選ばれる建設業」であるために。日建連が描く、若者とつくる10年後の未来 〜

目次
「建設リーダーズ ー 建設業の未来を語る」とは、建設業界の課題や展望について、業界の有識者をお迎えし、助太刀総研所長である北川がお話しを伺う企画となります。
第三回目は、一般社団法人 日本建設業連合会(通称:日建連)事務総長(代表理事)の中原淳さんにお話をお伺いしました。
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建設リーダーズ 日建連 中原様 × 助太刀総研 北川(前編)

<プロフィール> 中原 淳
一般社団法人日本建設業連合会(通称:日建連)事務総長(代表理事)
1987年3月東大法学部卒後、同年4月建設省(現国交省)入省。官房建設流通政策審議官、国土政策局長などを歴任後、外務省駐ホンジュラス特命全権大使を務めた。
2025年8月から現職。

<プロフィール> 北川 憲二郎
助太刀総研所長
ゴールドマンサックス証券、ドイツ証券、シティグループ証券等を経て2024年4月当社取締役CFO就任し、ファイナンス、経営戦略業務等を推進。
また、助太刀総研所長として、外部の有識者及び第三者機関と共に建設業界の実態調査や働き方に関するフォーラムを実施。
建設業との出会い
北川: 本日は、一般社団法人 日本建設業連合会 事務総長の中原さんにお越しいただきました。本日はよろしくお願いいたします。まずは中原さんの方から、自己紹介をお願いできますでしょうか。
中原: はい。私の本籍は熊本県ですが、高校までは大阪で育ち、大学進学を機に上京しました。その後、当時の建設省(現・国土交通省)に入省し、現在はご縁があって日建連という建設業の団体におります。
私が本格的に建設業と関わりを持ったのは、1997年から2000年まで、建設業課で課長補佐を務めていた時期です。この3年間で様々なポストを経験しましたが、当時は海外から見ても日本の建設市場が非常に魅力的な時代でした。 「アクセス室」という部署があり、アメリカ企業から「もっと日本市場に参入させてほしい」という要望を受けて、毎年「日米建設協議」を行っていました。
特に印象に残っているのが「日米板ガラス協議」です。当時はまだ複層ガラスなどが標準装備ではなかった頃ですが、アメリカの板ガラスメーカーの参入要望を受けて、アメリカ政府が直接圧力をかけてきたのです。これには非常に驚きましたし、良い経験になりました。
北川: 企業ではなく、政府が直接出てくるのですか。
中原: そうなんです。アメリカという国は、自国企業のために政府が徹底して動きます。一方で日本の霞ヶ関は、特定の企業の利益になることには消極的というか、少し清廉潔白すぎるところがあるように感じます。
私は今年の7月までホンジュラスで大使を務めていたのですが、その経験からも、両者の中間くらいが丁度よいのではないかと感じています。今の立場でも感じることですが、政府には外交の場を活用して、もう少し日本企業のために支援をしていただきたいですね。
建設業課時代についてもう一つ挙げるとすれば、「入札制度改革」です。 大きな流れとして、指名競争入札から一般競争入札への移行を進めました。現在は競争入札が定着していますが、この制度は柔軟に時代に合わせていく必要があります。
現在は「担い手不足」が深刻化しており、以前のように「競争相手はいくらでもいる」という市場環境ではなくなりつつあります。こうした状況に応じた入札制度を、政府として再考していくことが、結果として生産性の向上にもつながると考えています。
また、当時はバブル崩壊後で、建設企業の経営が非常に苦しい時期でもありました。一部上場企業が軒並み倒産するような状況下で、私は有価証券報告書を読み込み、各社の経営状態を分析していました。たとえ倒産するにしても、破産ではなく会社更生法を適用し、従業員の雇用をある程度守りながらソフトランディングできるよう手助けをする。それが、私の建設業との出会いです。
北川: 30年から35年にわたる中原さんと建設業との関わりをお話しいただきました。 業界が盛り上がり、国を挙げて海外企業が参入を希望した時代から、入札の透明性を高める改革期を経て、バブル崩壊後の苦境をどう乗り越えるかという時代まで、まさに業界の変遷そのものを見てこられたわけですね。
先ほど触れていただきましたが、現在は「人手不足」という課題に直面しています。一方で、国土強靭化や老朽化するインフラへの対応など、建設業の役割はますます重要になっています。これからの時代、業界をどう維持し、発展させていくのか。本日はその点にフォーカスしてお話を伺いたいと思います。

日本建設業連合会(日建連)の役割と業界構造へのアプローチ
北川: 中原さんは現在、業界のリーディングカンパニーを束ねる日建連の事務総長というお立場にいらっしゃいます。まずは日建連という組織の役割と、そこで中原さんが取り組もうとされていることについてお伺いできますでしょうか。
中原: はい。日建連(日本建設業連合会)は他の団体と比べると、数自体は決して多くはありません。
しかし、大手を含む元請企業、いわゆるゼネコン(ゼネラルコントラクター)が会員のほとんどを占めています。1社1社が非常に大きな事業を担っており、これは日本全体の建設市場のおよそ4分の1から5分の1に相当する企業になります。
建設業というのは「アッセンブリー(組立)産業」であり、1次、2次、3次といった多くの協力会社を組み合わせて一つのプロジェクトを成し遂げる仕事です。 今日話題になるであろう外国人労働者をはじめとした「建設技能者」の方々は、現場には絶対不可欠な存在ですが、彼らの多くは協力会社に所属しています。つまり、日建連の会員企業(元請け)が技能者の方を直接大量に雇用しているわけではないのです。
しかし、日建連は業界最大規模の団体であり、言わば業界の「お兄さん」のような立場にあります。建設業界全体を代表して発言し、業界全体が良くなるよう舵取りをしていく。会員企業のためだけでなく、産業全体の未来を考えるのが私たちの役割だと考えています。
「建設業の長期ビジョン2.0」が示す、建設業の課題と未来
北川: ありがとうございます。 そうした役割を担う日建連さんですが、今年の7月に「建設業の長期ビジョン」を発表されました。 その中ではやはり、建設技能者、いわゆる職人不足が大きな課題として挙げられています。いかにサステナブルに施工力を確保するか、あるいは人手不足を生産性向上でどう補っていくか。このビジョンについて、詳しく教えていただけますでしょうか。
中原: はい。この長期ビジョンは大きく3部構成になっていますが、特に第1部と第2部が重要な役割を持っています。
まず第1部では、「2050年の建設業」にフォーカスしています。
特に、2050年に建設業の中核を担うこととなる今の若い人たちに向けて夢と希望を抱いてもらうために「建設業の将来の姿」を示しました。
「未来予想図」は、次世代を担う若者(10歳〜35歳)から寄せられた建設業の未来に関する夢や意見をAIを用いて統合し、絵で示したものです。建設業界は、常に、夢と希望を持ったビジョンを掲げ、取り組んでいきたいとの想いをこの未来予想図に託しています。
続く第2部では、もう少し現実的な時間軸として「2035年の建設業」を定義しています。 2050年では先すぎますから、ここからの10年間でどうあるべきか。どのような課題に対して、どう計画的・戦略的に布石を打っていくべきかを示したのが第2部です。
北川: 10年後、あるいはその先の2050年、日本の建設業はどのような姿になっているのでしょうか。
中原: 2050年の未来予想図を見ていただくと、例えば設計はすべて3Dの立体的ビジュアルで計画段階から行われています。現場ではロボットが稼働し、ロボットをリモートで集中管理する人がいる。月面や惑星などの宇宙空間、地球近傍の宇宙ステーションで建設事業が行われたり、地上ではドローンが飛び交う進化した街並みが広がっている。
北川: なるほど、それはワクワクしますね。現在「DX」と呼ばれている取り組みが、将来的にはそうした世界に繋がっていくのですね。


「新4K」の実現へ。CCUS活用による処遇改善とキャリアパス
北川: 若者にとっての未来をつくる上で、建設業は重要な産業ですが、若者に選ばれる業界になるためには、働く場としての魅力が不可欠です。最近では、かつての「3K」を払拭する「新4K」という言葉も提唱されていますが、どのような職場にする必要があるとお考えでしょうか。
中原: 「新4K」については、今回のビジョンでも特に強く訴えたいポイントの一つです。 かつての3K(きつい、汚い、危険)という悪いイメージを払拭し、魅力的な産業であることを示すためのキーワードが「新4K」です。 具体的には、「給与が高い」「希望が持てる」「休暇が取れる」、そして「かっこいい」の4つです。
これだけでは抽象的ですので、ビジョンでは具体的な目標を掲げました。 「給与」に関しては、労務費の適正な価格転嫁を進め、「40代で平均年収1,000万円」を目指します。
また、退職金についても改革を進めています。 現在、建設技能者向けには「建退共(建設業退職金共済)」という制度があり、現場に出るごとに掛け金(現在は日額320円)が積み立てられます。しかし、これでは40年近く働いても退職金は400万円程度にしかなりません。
そこで現在、厚労省や関係各所に働きかけ、技能レベルに応じて掛け金を変えられるような法改正を含めた検討を行っています。 例えば、技能レベルが高い「ゴールドカード」の方の1日の積立額を1,000円にすると、将来的に退職金が1,000万円になる世界が実現します。
こうした仕組みは、「建設キャリアアップシステム(CCUS)」と連動させることで、若者が給与など処遇の面で具体的な未来を描けるようにしようとしています。
北川: 建設キャリアアップシステム(CCUS)については、現在170万人以上の職人さんが登録されていると伺っています。 一方で、「CCUSに登録すると具体的にどんなメリットがあるのか」という点が、長期的なものが多く伝わりにくいという課題も耳にします。 今おっしゃったように、自分のスキルや就業履歴が蓄積され、それが退職金の増額などに直結するとなれば、利用するメリットが明確になりますね。
中原: その通りです。 建退共の制度改正については、次の通常国会での議論を目指して動いています。 また、国土交通省とも連携し、職種やレベルごとに「どのくらい稼げるのか」という年収モデルを示す取り組みも進めています。
例えば、「とび職」や「型枠大工」といった職種ごとに、見習いから一人前、さらに熟練工へとレベル(現在は4段階を想定)が上がっていく過程で、何歳くらいでどの程度の年収が得られるのか。 これまでは「徒弟制で先が見えない」「怖い人が支配しているのではないか」といった誤解や古いイメージがあったかもしれませんが、これからは違います。
キャリアパスを透明化し、人生設計(ライフプラン)の予見可能性を高める。 そして現場では、先ほどお話ししたようにロボットなどを活用してリスクを低減し、スマートに働く。 「わかりやすくて、安全で、稼げる」。そういう姿を示していきたいです。
北川: ありがとうございます。「40代で年収1,000万円」という数字が明確に見えることで、業界への見方が大きく変わると感じました。ロボットを遠隔操作して建設を行う姿も、まさに現代の「かっこいい」職業ですね。新4Kの実現が楽しみです。

「129万人不足」の衝撃と、インフラを守る「制度のイノベーション」
北川:それでは少し話題を広げて、マクロな視点でお話を伺いたいと思います。 建設業が直面している当面の課題としてはどのようにご覧になっていますか。
中原: 建設業に限らずですが、やはり「担い手不足」は深刻です。出生数が100万人を超えていた時代から、今は70万人を切るレベルまでになり、若者の数が減っています。各産業で人材の奪い合いをしても、建設業の就職者を増やせる保証はありません。 そこで重要になるのが、「生産性の向上」と「外国人材の活用」です。ビジョンの第2部で私たちが最も強調し、具体的 な数値をもって示したのが、この「129万人のギャップ」という問題です。
試算によると、10年後の建設投資額は、現在の68.5兆円から84.3兆円に増加すると見込まれます(名目値)。 その仕事に対応するために必要な技能労働者数は393万人です。しかし、現状のまま推移すれば、労働者数は264万人まで減少してしまう。 つまり、需要に対して129万人もの労働力が不足するという計算になります。
北川: 129万人……。それは尋常ではない数字ですね。
中原: ええ。では、このギャップをどう埋めるか。 過去10年で、建設業は約15%の生産性向上を実現してきました。しかし、同じペース(15%向上)では約61万人分しかカバーできず、残り約68万人を「人」で補わなければなりません。これをすべて外国人材などで補うのは現実的に不可能です。
そこで私たちは、「この10年で生産性を25%向上させる」という高い目標を掲げました。 もし25%向上を実現できれば、98万人分の労働力をカバーできます。それでも不足する残りの31万人。この分を、日本人の若者の入職促進と、外国人材の活用で補っていく。
建設業だけで129万人分のギャップを埋めるというのは、本当に壮大なチャレンジです。そのために、国交省と建設業界で議論をしながら、計画的に布石を打とうとしているわけです。
北川: なるほどですね。また他に、地震や豪雨、最近では獣害などもあります。特に国土強靭化が求められています。短期的にどのような政策に期待されますか。
中原:まずは、気候変動の影響ですね。雨の降り方が昔とは明らかに変わり、災害が激甚化していることは、多くの国民の皆さんが肌で感じていることだと思います。 一方で、高度経済成長期に整備された大量のインフラが老朽化を迎えています。メンテナンスが行き届いていれば問題ありませんが、追いついていない箇所では、橋が落ちたり、通行が危険になったりするリスクが出てきています。インフラに綻びが出るということは、日本経済の基盤そのものが損なわれることにつながります。 「防災・減災、国土強靱化」と「サステナブルな社会の実現」は、非常に大きな政策課題です。
これに対応するためには、まず予算措置が重要です。 金利のある世界に戻りつつある中、これまでは予算を一律に抑える「ゼロシーリング」が続いていましたが、必要な予算はしっかりと確保していくことが求められます。
北川: 予算の確保とともに、効率的な使い方も問われますね。
中原: おっしゃる通りです。そこで重要になるのが、制度面からの「生産性向上」です。 技術革新による生産性向上はもちろんですが、既存のルールを変えることでも生産性は上げられます。
一つは「入札制度」の見直しです。 現在の公共工事の入札では、競争性を担保するために「1社、1団体だけの入札(1者応札)」を避ける傾向があります。その結果、本当は受注する意思があまりない企業までが、競争の形を整えるために無理やり参加せざるを得ないケースがあります。これでは、貴重な技術者を積算や登録のために拘束することになり、極めて非効率な部分が生じます。状況に応じて「1者応札」でも許容する制度運用に切り替えることで、業界全体の実質的な生産性は向上するはずです。
北川: なるほど。無理な競争環境を変えるだけで、技術者のリソースが有効活用できるわけですね。メンテナンスについてはいかがでしょうか。
中原: メンテナンスに関しては、私が以前、太田国土交通大臣のもとで担当参事官を務めていた経験から、特に強く課題を感じている分野です。
地方の現状を見ると、一つの市町村が200から300もの橋梁を管理しているケースがあります。しかし、その役場には土木技術者が「ゼロ」ということも珍しくありません。専門家がいない中で、数百万単位のインフラを適切に維持管理できるかというと、非常に脆弱だと言わざるを得ません。
北川: 管理対象は膨大なのに、担い手がいない。まさに構造的な問題ですね。
中原: これを解決するには「広域化」と「長期化」が必要です。 市町村単位で発注するのではなく、複数の自治体をまとめてエリア単位にする。例えば「この地域の100橋、あるいは1,000橋分」といった具合に、大きなロットで発注します。
さらに契約期間も重要です。通常の予算制度では単年度や最長5年程度が限界ですが、私が担当課長時代に推進したPPP(Public Private Partnership)やPFI(Private Finance Initiative) の手法を活用できるよう法改正すれば、10年、20年といった長期契約が可能になります。
北川: 10年、20年単位で任せられれば、企業側も計画が立てやすくなりますね。
中原: 長期的に任されることで、企業は事後対応ではなく「予防保全」に投資できます。「ここはこのタイミングで直しておこう」と計画的に手を打つことで、トータルのコストを抑えつつ、インフラの品質を保つことができます。 これは地方の建設企業にとっても、安定的で魅力的なビジネスになります。こうした知恵と工夫を活かし、地方の隅々までサステナブルに守っていく仕組みを構築していくことが求められています。

後編も公開しております。ぜひご覧ください!
<引用元>
一般社団法人 日本建設業連合会
【長期ビジョンWEBサイト】https://www.nikkenren.com/sougou/vision2025/

助太刀総研 運営事務局
Sukedachi Research Institute