建設リーダーズ

「建設リーダーズ — 建設業の未来を語る」 日本建設業連合会 中原事務総長インタビュー:後編  〜現場で働く人を一番に考える。持続可能な産業に向けた、制度と環境のアップデート〜

助太刀総研所長である北川が1つのテーマについてお話しを伺う「建設リーダーズ — 建設業の未来を語る」。一般社団法人 日本建設業連合会(通称:日建連)事務総長(代表理事)の中原淳さんとの対談の後編となります。

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建設リーダーズ 日建連 中原様 × 助太刀総研 北川(後編)


酷暑対策と「2024年問題」。現場の実態に即した運用の柔軟化

北川: ここからは、より具体的な現場の課題と取り組みについて、4つのテーマに分けてお伺いします。 まずは「酷暑対策」です。近年の夏は異常な暑さで、屋外で働く職人にとっては危険と隣り合わせの環境です。当然、生産性の低下も避けられません。

一方で、いわゆる「2024年問題」として、残業規制などの労働管理が厳格化されました。労働者を守るための規制ですが、天候に合わせて柔軟に働きたい現場にとっては、逆に壁になっている側面もあると聞きます。このジレンマに、業界としてどう向き合っていくべきでしょうか。  

中原: 今年の夏も本当に酷暑でしたね。道路のアスファルト現場などは40度を超えており、正直なところ「命の危険がある現場」になってしまっていると感じています。 本来であれば、「猛暑の時期は仕事を減らし、涼しくなってからまとめてやる」といった融通を利かせたいところです。

北川: しかし、そこで規制の壁が立ちはだかるわけですね。

中原: ご指摘のあった「2024年の時間外労働の上限規制」により、月ごとの労働時間に厳格なキャップ(上限)がはめられています。そのため、「8月の仕事を減らして、その分を10月や11月に回す」といった調整が非常に難しくなっているのです。

もちろん、厚労省も「変形労働時間制」という柔軟な仕組みを通達で認めてはいます。

しかし、この制度を利用するには、1ヶ月以上前から詳細なシフトを組み、労使協定を結んでおく必要があります。

建設業は1次、2次、3次下請けからなる「重層的なアッセンブリー産業」です。「どの協力会社の、誰が、いつ現場に来るか」を、何ヶ月も前から完全に固定することは実務上非常に困難です。結果として、今の制度は建設現場の実態に合わず、非常に使いにくいものになっています。

北川: 現場のリアリティと、制度設計の間にズレが生じているのですね。

中原: 現場も働く人々も多様であるにもかかわらず、ルールだけが画一的になってしまっています。 誤解のないように強調しておきたいのですが、私たちが求めているのは「労働強化」ということでは決してありません。あくまで、「労使双方にとってメリットがある形(Win-Win)」にしたいのです。 働く側にとっても、命に関わる猛暑の中で無理に働くより、涼しい秋に働いた方が体に良いはずです。安全と健康を守るための「ルールの柔軟化」をお願いしたいのです。

政府や厚労省の審議会でもこうした事情への理解が進んでおり、建設業界としてもしっかり と要望を伝えているところです。

北川: 具体的な解決策としては、どのような形が考えられますか。

中原: 解決策は多様で良いと思います。 ある経営者の方は、「いっそ8月は全部休みにしてしまおう。『建設業に入れば夏はバカンスだ!』とアピールすれば、若者がもっと集まってくれるんじゃないか」なんて提案をされています。

例えば「早朝から昼前まで勤務して、一番暑い時間は作業しない」というサマータイム的な働き方も有効です。 また、雪国では冬に仕事ができないという事情もありますから、現場や働く人の多様性、地域の特性などに合わせて働き方も色々と組み合わせてバランスよく調整していけばいいと思います。

北川: 働く人々の安全と健康を最優先に担保しながら、現場のニーズに即した「柔軟な働き方」をつくっていけたらいいですね。


外国人材の定着へ。「教育の公的支援」とCCUSによる運用

北川: 続きまして、2点目のポイントである「外国人材の活躍」についてお伺いします。 DXや生産性向上でカバーしきれない「最後の30万人」のギャップを埋めるには、やはり外国人材が必要です。しかし、定着率の低さや受け入れ体制の不備、日本語教育、生活習慣の違いなど、ハードルは低くありません。外国の方に日本を選んでいただくためには、何が必要だとお考えですか。 

中原: まず大前提として、日本の若者に対するのと同じように、外国人材にとっても建設業が「魅力的」でなければなりません。 「どのくらいの技能を身につければ、いくら稼げるのか」というキャリアパスと収入の予見可能性を示すことは必要です。

それに加えて、やはり「言葉と文化の壁」があります。 現場の専門用語はもちろん、ゴミ出しのルールといった日本の生活習慣も含め、できれば来日する前の段階(本国)で、集中的にトレーニングできる体制を整えたいと考えています。

北川: そこには教育コストの問題も関わってきますね。

中原: その通りです。日本語教育などのコストは個々の企業の自助努力に委ねられていました。 しかし、制度が変わり「育成就労制度」へと移行することで、外国人材も転職が可能になります。自由度が高まることは良いことですが、企業側からすれば「コストをかけて育てても、すぐに他社へ移ってしまうかもしれない」と不安視することになり、教育投資へのディスインセンティブ(投資をためらう要因)が働いてしまいます。

しかし、建設労働者はインフラ維持や災害対応を担う、日本の社会に不可欠な「エッセンシャルワーカー」です。 ですから、この分野の教育については、個社任せにするのではなく、国や自治体が予算を投じてでも日本語教育を支援する。そういった「国策」としてのバックアップをしていただきたいと思っています。

北川:人材育成を社会全体のインフラとして支えるべきだということですね。

中原: もう一つ、建設業ならではの強みとして強調したいのが、「建設キャリアアップシステム(CCUS)」の活用です。 実は、建設分野で働く外国人労働者は、100%このシステムに登録されています。

北川:100%ですか。それは素晴らしい普及率ですね。

中原: 昨今の選挙などでも外国人問題が議論され、治安などの面で不安を感じている国民の皆さんがいらっしゃることは認識しています。 しかし、建設業に関しては「誰がどこにいるかわからない」ということはありません。所属企業は登録されていますし、現場に入場するたびにカードリーダーを通してデータベースで履歴が蓄積されますので、セキュリティが極めてしっかりしています。

「建設業で働く外国人は、技能や就業状況が適切に見える形で登録され、スキルアップをしながら活躍しています」ということをきちんと発信し、冷静な議論のもとで積極的に受け入れていきたいと考えています。


建設業における「労働者派遣」の解禁と、流動性の確保

北川: 続きまして、3点目は「派遣制度の見直し」についてです。 建設業は多重下請け構造が基本ですが、現場ごとの需要変動、いわゆる「繁閑の差」が非常に激しい産業です。「A町では職人さんの手が空いているのに、隣のB町では人が足りなくて困っている」といったミスマッチが頻繁に起きています。

もしここで人材派遣が可能になれば、地域や現場間の需給ギャップをスムーズに解消できるはずです。現状では規制の壁がありますが、この点についてはいかがお考えでしょうか。

中原: まさにおっしゃる通りです。 実は、現在の労働者派遣法において、建設業務は港湾運送、警備、医療、士業などと並んで、派遣が禁止されている数少ない業務の一つです。

なぜ建設業が対象外とされてきたかというと、歴史的な背景があります。かつては「悪質な業者が入り込み、中間搾取(ピンハネ)をするのではないか」、あるいは「指揮命令系統が複雑になり、安全管理責任が曖昧になるのではないか」といった懸念が強かったためです。

北川: 労働者保護と安全確保の観点から、禁止されていたわけですね。

中原: はい。しかし、時代は大きく進化しました。 先ほどお話しした「建設キャリアアップシステム(CCUS)」のように、技能者の能力や就業履歴を一元的に管理するプラットフォームが整ってきています。 そして何より、このままでは担い手不足で日本のインフラが維持できなくなるという、待ったなしの危機的状況にあります。

こうした状況を踏まえれば、例えば「CCUSへの登録を必須要件として派遣を解禁する」といった新しいアプローチが可能ではないかと考えています。システムで透明性を担保できれば、かつて懸念されていたような弊害は防げるはずです。

北川: 人材の流動性が高まれば、当然、生産性も向上しますね。

中原: 建設業は「現場ありき」の仕事ですから、どうしても企業ごとの繁閑差が生じます。 派遣を解禁し、人材の融通を利かせることができれば、企業にとって、より柔軟で有効な人材活用につながります。

業界全体で見ても、「人材の流動化」は生産性を底上げする大きな鍵になると期待されます。 この派遣法の見直しについては、先日、厚生労働省の労働政策審議会の部会でも、建設業界として提案を行ったところです。


業界の「発信力」強化

北川: 最後のテーマは、建設業の「発信力」についてです。 業界の外にいる人々にとって、仮囲いの中にある現場は見えにくいものですし、どうしても「きつい」「大変そう」というイメージが先行しがちです。この「発信力の強化」も大きな課題かと思いますが、どのようにお考えでしょうか。

中原: おっしゃる通り、これからは広報・発信力に力を入れて取り組まなければなりません。例えば、今回紹介した「長期ビジョン」も、ただ冊子を作って配るだけでは誰の目にも留まりません。そこで、若者に届くようなプロモーションビデオを制作しました。 実はこれ、12月にお台場の映画館などで広告として上映しようと計画しているんです。本編が始まる前にスクリーンを見ていますから、意識しなくても目に入りますよね。 そうした接点を作ることで、「へぇ、建設業ってこんな先進的なこともやっているんだ」と知ってもらうきっかけを作りたいんです。

北川: 映画館でのCM上映とは、思い切った戦略ですね。

中原: 「見せること」の重要性を痛感した体験があります。それは東日本大震災の時のことです。 当時、私は国交省にいましたが、被災地は津波による瓦礫の山で、どこが道路かも判別できない惨状でした。そこで、自衛隊、警察、国交省、そして地元の建設業者が一体となって、緊急車両を通すための「道路啓開(けいかい)」という作業を行いました。

しばらくして気づいたのですが、自衛隊には後方部隊の中に「記録係」がいて、活動の様子を映像としてしっかりと残しているんです。「自衛隊はこういう活動をしました」と、後世に伝えられるわけです。一方で、建設業者や我々テックフォース(緊急災害対策派遣隊)も、汗をかいて作業をしていましたが、自分たちで映像を撮る余裕も発想もなかった。結果として、記録が残らず、後でその活動を社会に伝えることができませんでした。

その時、「それを記録し、広報すること」の重要性を痛感しました。

北川: 確かに、普段の現場でも、大きなビルは仮囲いで覆われていて、中の様子はブラックボックスになりがちです。 ビルが完成した時に「いつの間にか建っていた」と思われるのではなく、「こういうプロセスで、こういう技術で作っているんだ」という過程を見せるのも大切ですよね。特に子供たちは、重機やロボットが動く姿にワクワクするはずです。

中原:日建連でも、工事現場に小中学生と保護者を招待する見学会を年間を通じて行っています。地道な活動ではありますが、一人でも多くの子供たちがそこで夢を感じて、将来、建設業界の扉を叩いてくれたらと願っています。


政策提言(シンクタンク)機能の拡充

北川: ありがとうございます。 それでは最後に、中原さんから今後の抱負や、業界に向けたメッセージをお願いします。

中原: 日建連としての役割を、単なる業界団体から「シンクタンク機能」を持つ組織へと進化させたいと考えています。 国土交通省や厚生労働省をはじめ関係機関に対して、制度・法改正に向けた提言を、もっと積極的に行っていきたいです。

国交省にいた頃の経験ですが、例えば不動産業界や鉄鋼業界の方々は、政策提言において非常にアグレッシブでした。特に税制や制度改正については、時には担当官僚よりも深い知見を持って、「制度改正はこうあるべきだ」と論理的に提案してきます。行政側としても学ぶことが多く、ある意味で羨ましくもありました。

対して建設業は、国交省が公共事業の「最大の発注者」であるがゆえに、「お客さん」に意見を言いづらいというメンタリティがどうしてもありました。 

個社では要請できないことも、日建連としては、遠慮せずもっと率直に意見を伝えていきたい。「国や業界のために、こうしたほうがいい」ということについて、私たちもしっかり知恵を出し合って、積極的に発信していきたいと考えています。

北川:国交省の内部を知る中原さんが事務総長を務められている今こそ、その変革のチャンスなのだと感じます。 建設業界全体の課題解決に向けて、日建連が知恵と行動の結節点となり、力強くリードしていく。中原さんのリーダーシップに大いに期待しております。

本日は長時間にわたり、貴重なお話をありがとうございました。今後のご活躍を心より応援しております。

中原: こちらこそ、ありがとうございました。

〜おわりに〜

今回のインタビューを通じて、中原さんの建設業界に対する深い愛情と、業界を変革しようとする力強いリーダーシップに触れることができました。

特に、「新4K(給与・希望・休暇・かっこいい)」の実現に向けた具体的な構想や、業界団体自らが声を上げていくという姿勢は、これからの建設業が「若者に選ばれる産業」になるために不可欠な視点だと強く感じました。 10年後、20年後の未来を見据え、現場で働く一人ひとりが誇りを持って働ける環境をつくるために、私たちもサービスの提供を通じて力を尽くしていきたいと思います。

助太刀総研では、今後も建設業界の未来を考える様々なテーマを取り上げてまいりますので、引き続きよろしくお願いいたします!


<引用元>
一般社団法人 日本建設業連合会
【長期ビジョンWEBサイト】https://www.nikkenren.com/sougou/vision2025/


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  1. (例1)出所:助太刀総合研究所 【2023年度】助太刀総研 建設業実態調査結果について
  2. (例2)【2023年度】助太刀総研 建設業実態調査結果について
  3. (例3)助太刀